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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)213号 判決

東京都羽村市栄町3丁目1番地の5

原告

株式会社 カイジョー

代表者代表取締役

馬島力

訴訟代理人弁護士

八幡義博

東京都武蔵村山市伊奈平2丁目51番地の1

被告

株式会社 新川

代表者代表取締役

新井和夫

訴訟代理人弁護士

土肥原光圀

同弁理士

田辺良徳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第14731号事件について、平成3年6月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯等

被告は、名称を「ボンディング装置における移動台送り装置」とする特許第1372072号発明の特許権者である。

上記発明(以下「本件発明」という。)は、昭和51年10月26日になされた特許出願(特願昭51-127791号)を原出願とする分割出願として、昭和56年12月30日に特許出願(特願昭56-211572号)され、昭和59年12月20日に出願公告され(特公昭59-52540号、その公報を、以下「本件公告公報」という。甲第2号証の1)、出願公告後に特許請求の範囲の記載が補正され(甲第2号証の2)、昭和62年4月7日に特許の設定の登録がなされたものである。

原告は、平成2年8月6日、本件特許にっき無効審判の請求をしたが、特許庁は、これを同年審判第14731号事件として審理したうえ、平成3年6月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月7日、原告に送達された。

2  本件発明の特許請求の範囲

「軸線が直交するように配設された2本の第1及び第2の送りねじと、この第1及び第2の送りねじをそれぞれ駆動する第1及び第2のモータと、前記第1及び第2の送りねじにそれぞれ螺合する第1及び第2のナツトと、この第1及び第2のナツトにより直線的に移動させられる第1及び第2の移動板とより構成されたボンデイング装置における移動台送り装置において、前記第1及び第2の送りねじにより前記第1及び第2のナツトを介して移動させられる前記第1及び第2の移動板は、平面的に配設され、前記第1及び第2の送りねじ及び前記第1及び第2のナツトは、対応する前記第1及び第2の移動板の下方に配設され、かつ前記第2の移動板には該第2の移動板の移動方向と直交する方向に直交案内路が形成され、この第2の移動板の直交案内路に沿つて移動可能に前記第2の移動板上に載置された移動台と、前記第1の移動板の移動を前記移動台に伝達すると共に、前記移動台が前記第2の移動板の移動方向に移動可能に前記移動台と前記第1の移動板とを連結する連結手段とを備えたボンデイング装置における移動台送り装置。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)がした本件特許請求の範囲の記載に不備があり本件特許は特許法36条5項(昭和60年法律第41号による改正前のもの)に規定する要件を満たしていないとの主張に対し、請求人主張の不備を認めることはできず、請求人主張の理由によって本件特許を無効にすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、手続の経緯、本件発明の目的の認定は認める。

審決は、特許法36条4項、5項(同条各項については、いずれも昭和60年法律第41号による改正前のもの、以下同じ。)の解釈を誤った結果、本件特許請求の範囲の記載の一部については発明の詳細な説明にそれを基礎づける記載がないにもかかわらず、そこにその記載があると誤って認定し(取消事由1)、また、本件特許請求の範囲は本件発明にとって必須の要件の一部の記載を欠いているにもかかわらず、これを欠いていないと誤認し(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(発明の詳細な説明の記載の誤認)

(1)  本件特許請求の範囲に記載された本件発明の構成を分説すれば、次のとおりとなる。

A 軸線が直交するように配設された2本の第1及び第2の送りねじと、この第1及び第2の送りねじをそれぞれ駆動する第1及び第2のモータと、前記第1及び第2の送りねじにそれぞれ螺合する第1及び第2のナットと、この第1及び第2のナットにより直線的に移動させられる第1及び第2の移動板とより構成されたボンディング装置における移動台送り装置において、

B 前記第1及び第2の送りねじにより第1及び第2のナットを介して移動させられる前記第1及び第2の移動板は、平面的に配設され、

C 前記第1及び第2の送りねじ及び第1及び第2のナットは、対応する前記第1及び第2の移動板の下方に配設され、

D かつ前記第2の移動板には該第2の移動板の移動方向と直交する方向に直交案内路が形成され、

E この第2の移動板の直交案内路に沿って移動可能に前記第2の移動板上に載置された移動台と、

F 前記第1の移動板の移動を前記移動台に伝達すると共に、前記移動台が前記第2の移動板の移動方向に移動可能に前記移動台と前記第1の移動板とを連結する連結手段と

G を備えたボンディング装置における移動台送り装置。

(2)  ところが、上記B及びCの各構成を基礎づける説明の記載は、本件明細書の発明の詳細な説明(以下「本件発明の詳細な説明」という。)中に、全く存在しない。

〈1〉 審決は、Bの構成(注、審決のいう「aの点」)につき、「aの点については、第2、3図を参照しつつ、本願明細書第3頁第10行~第7頁第8行(公告公報第3欄第2行~第4欄第37行)の記載をみると、本願発明でいう、第1の送りねじは16、第2の送りねじは16’、第1のナットは18、第2のナットは18’、第1の移動板は52、第2の移動板は52’にそれぞれ対応する。そして、これらの相互の関係をみると、第1の送りねじ16及び第2の送りねじ16’により、第1のナット18及び第2のナット18’を介して移動させられる第1の移動板52及び第2の移動板52’は、平面的に配設されていることが明らかであり、これは、すなわちaの点が記載されていることに他ならない。」と述べている(審決書5頁10行~6頁3行)。

確かに、本件公告公報の第2図、第3図を見れば、そこにおいて、審決認定のとおり、第1の移動板52と第2の移動板52’が平面的に配置されていることを伺うことはできる。

しかし、これらの図は、本件発明の構成要件となる構造とそうでない構造とを、両者の区別なくこまごまと描いた一実施例の構造図にすぎない(甲第2号証の1、本件公告公報2欄34行~3欄1行)のであり、このような図に記載された構造については、そのうちどれが本件発明の必須の構成要件となるのか、それが本件発明にとってどのような意味を持つのか、図のみを見ても、全く不明である。本来、これらの事項は、図のうち着目すべき構造を示し、それを説明して、初めて読み手に理解されうるのであり、このことは、第1の移動板と第2の移動板の位置関係についても例外ではない。

ところが、本件発明の詳細な説明には、審決の挙げる部分(本件公告公報3欄2行~4欄37行)を含め、どこにも、第1の移動板と第2の移動板との位置関係に着目した説明は一切ない。

それにもかかわらず、審決が上記のように判断したのは、結局、実施例の図面に描かれていさえすれば、その構造が発明としての構造であることの説明が発明の詳細な説明の欄に全く記載されていなくとも、特許請求の範囲への記載を認めるに等しく、換言すれば、発明の詳細な説明の欄での説明なくして、実施例の図面の内容を直接特許請求の範囲に記載することを認めるに等しく、このような認定判断が特許法36条4項、5項に反する誤ったものであることは、明らかといわなければならない。

〈2〉 審決は、Cの構成(審決のいう「b点」)につき、「次にb点についても、同じく第2、3図を参照しつつ、発明の詳細な説明を見ると、第1の送りねじ16、第2の送りねじ16’及び第1のナット18、第2のナット18’は、対応する第1の移動板52、第2の移動板52’の下方にそれぞれ配設されていることは明らかであり、これは、すなわちbの点が記載されていることに他ならない。」(審決書6頁4~11行)と述べている。

しかし、これらの図自体から、各送りねじとナットの配設位置が伺われるとしても、Bの構成に関して既に述べたとおり、これらの図は、本件発明の構成要件となる構造とそうでない構造とを、両者の区別なくこまごまと描いた一実施例の構造図にすぎない。

審決は「第2、3図を参照しつつ、発明の詳細な説明を見ると、」というが、上記「発明の詳細な説明」が具体的にどの部分を指すのか全く不明である。

上記構造及びその近傍の構造に関し本件公告公報で説明されているのは、「また筒体38の上方にはやはり送りネジ16に垂直な軸線のまわりに回転し送りネジ16の軸方向に所定距離を置いて設けられる第2軸受42及び第3軸受44が備えられ、これによつて駒48が第4図にその部分平面図を示す如く挟持されている。駒48は送りネジ16の上方にあってその軸方向に伸びる軸方向案内路50に沿って移動可能な移動板52に形成された穴52aに回転可能に嵌装され、そのフランジ部48aより挿通される止ネジ48bによつて固定される。」(本件公告公報4欄14~23行)だけである。

この説明の趣旨は、筒体38に設けられた2個の軸受42、44に挟持された駒48が移動板52に設けられた穴52に回転可能に嵌装されているということであり、送りねじやナットが移動板の下方に配設されていることではないことは、上掲記載自体で明らかであり、そこには、単に「下方に配設され」との用語が用いられていないというにとどまらず、そもそも、送りねじ16が移動板52の下方に配設されることが本件発明の必須構成要件の一つであるとする趣旨の説明が全くないのである。

それにもかかわらず、審決が「これは、すなわちbの点が記載されていることに他ならない。」としたのは、Bの構成について述べたのと同じく、結局、とにかく実施例の図面に描かれていさえすれば、その構造が発明としての構造であることの説明が発明の詳細な説明の欄に全く記載されていなくとも、記載があることとして、特許請求の範囲への記載を認めるに等しく、このような認定判断が特許法36条4項、5項に反する誤ったものであることは、明らかといわなければならない。

(3)  上記のとおり、B及びCの各構成についての審決の認定判断は、これらの構成が実施例を示す図面に描かれているから発明の詳細な説明にその説明が記載されているとするものであり、このような事項を特許請求の範囲に含む発明に対して特許権が与えられることになれば、発明の詳細な説明に開示されていない発明に対して特許権が与えられることになるのであり、これは、「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」と定めて、このような事態の発生を防止している特許法36条5項に、明らかに反するものといわなければならない。

2  取消事由2(特許請求の範囲の必要事項の記載の欠如)

(1)  本件発明の詳細な説明の欄の記載によれば、本件発明の効果は、「それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず各送り系を最適条件下で動作せしめる」(本件公告公報6欄34~36行)ことにある。

そして、本件発明の詳細な説明の欄においては、本件発明の実質的な説明の部分(本件公告公報3欄2行~6欄38行、ただし、最後の5行は、全体としての効果の説明)の7割以上を費やして、上記効果を得るための構成として、以下の(a)~(d)の各点が力説され、それぞれ詳細に説明されている。

(a) スラスト玉軸受を採用することにより、起動トルクを過大ならしめることなく軸方向の取付ガタを除去し、剛性を向上させ僥みを抑えることにより移動量偏差の発生原因が除去できること(構造・同3欄30行~4欄2行、動作・同5欄35~42行)。

(b) 円板とこれを旋回操作する腕を採用することにより、累積リード誤差による移動量偏差が補償されること(構造・同4欄3~13行、動作・同5欄4~34行)

(c) 回動可能な駒とこれを挟持する2個の軸受を採用することにより、駒と両軸受との間のガタを取り除くことができるとともに、ナットの移動方向と送りねじの中心軸方向とのずれを逃げることができること(ずれを逃げられなければ、それぞれの送りねじに過大な負荷がかかる)こと(構造・同4欄14~23行、動作・同5欄43行~6欄16行)

(d) 連結手段における棒状レールを挟持する2個の軸受のうち1個を偏心スリーブを介して取り付けることによりこれを旋回調整して棒状レールと両軸受との間のガタを除去できること(構造・同4欄29~37行、動作・6欄26~33行)

(2)  本件発明の詳細な説明において、上記(a)~(d)についての説明以外に、本件発明の構造について説明されているのは、移動台は互いに直交する送り方向を有する独立した二つの送り軸系の複合した送り動作によって所定の移動平面内の任意の座標位置に移動することができ、この二つの送り軸を構成する送り装置は全く同一の構造を有すること(同3欄2~8行)、ブラケットに固定されたパルスモータの回転がカップリングを介して送りねじに伝えられ、送りねじにはナットが螺合しており、パルスモータの回転により送りナットに送り量が与えられ、送りねじはラジアル軸受によって支承されていること(同3欄13~29行)、移動板52’には直交案内路が設けられ移動台はこの直交案内路に対して移動可能に載架されていること(同4欄25~29行)だけである。

そして、これらは、いずれも、この種の装置にとっては極く当たり前の周知の構造であって、上記本件発明の効果をもたらすような性質のものではなく、現に、これらにより上記効果がもたらされるとの説明も全くない。

本件発明の詳細な説明のこれらの記載によれば、「それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず各送り系を最適条件下で動作せしめる」(同6欄34~36行)との本件発明の上記効果が、上記(a)~(d)の構成を具備することによって初めて得られるものであることは、明らかなことといわなければならず、したがって、これらの構成が本件発明にとって欠くことのできない構成であることも明らかといわなければならない。

(3)  ところが、本件発明の特許請求の範囲には、上記(a)~(d)の構成は全く記載されていない。

このように出願発明にとって欠くことのできない構成の記載を欠く特許請求の範囲が「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」との特許法36条5項の要件を満たしていないことは明らかといわなければならない。

にもかかわらず、審決が、「本願発明の前記の『それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず、各送り軸系が最適条件下で動作することが可能なボンデイング装置の移動台送り装置を提供する』という目的は、前記特許請求の範囲に記載の構成により、達成することができ、前記a~dの事項はいずれも、実施例の構成の一部として、各送り軸系が円滑に動作するために好ましいものであるとしても、前記目的に関して、当該発明の構成に欠くことのできない事項とはいえない。」(審決書7頁1~10行)としたのは、明らかに誤っているといわなければならない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本件特許請求の範囲に記載された本件発明の構成を分説すれば原告主張のとおりとなることは認める。

しかし、B、Cの各構成を基礎づける説明の記載は本件発明の詳細な説明中に存在しない、との原告主張は誤りである。

(2)  本件発明の詳細な説明には、本件発明の目的につき、審決が要約して認定した(審決書3頁12行~4頁2行)ように、「従来のワイヤボンデイング装置における移動台の送り軸、即ち送り装置は、第1の送りねじによつて送られる移動板と、この移動板に重ね合せられ第1の送りねじに直交する第2の送りねじによって移動させられる移動板とよりなる重ね合せ構造であるため、第1の送りねじにかかる負荷が過大となり、送り軸系に悪影響を与えるという欠点があつた。」(本件公告公報2欄21~28行)として、従来技術の欠点を指摘し、「本発明は上記従来技術の欠点に鑑みなされたもので、それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず、各送り軸系が最適条件下で動作することが可能なボンデイング装置の移動台送り装置を提供することを目的とする。」(同2欄29~33行)と記載されている。

この記載を前提に、本件公告公報の第2図、第3図を参照しつつ、本件発明の詳細な説明(本件公告公報3欄2行~4欄37行)を見れば、本件発明における第1及び第2の各移動板が平面的に配置されるものであることは、明らかなこととして認識できるから、審決が、これを根拠に「これは、すなわちaの点(注、Bの構成)が記載されていることに他ならない。」(審決書6頁2~3行)としたことには、何らの誤りもない。

同様に、第2図、第3図を参照しつつ、本件発明の詳細な説明(前同所)の記載を見ると、「移動板の下方に配設されている」との用語の記載はないが、支持台4を基準にして順次上方の部品を説明しているため、第1の送りねじ16、第2の送りねじ16’及び第1のナット18、第2のナット18’は、対応する第1の移動板52及び第2の移動板52’の下方にそれぞれ配設されていることは明らかに看取できるから、そのように認定した審決には、何らの誤りもない。

(3)  明細書の発明の詳細な説明においては、発明全体としての作用効果が記載されておれば足り、個々の構成要件の特徴的な作用効果の記載を要するものではないと解すべきであるから、そのような立場に立って、「前記a、bの点(B、Cの構成)による特徴的な作用効果の記載がないことをもって、当該発明の詳細な説明の記載が不備であるとはいえない。」(審決書6頁16~19行)とした審決に誤りはない。

2  取消事由2について

本件発明の詳細な説明に原告主張の(a)~(d)の事項が原告主張のとおり記載されていることは認める。

しかし、そうだからといって、これらの事項が本件発明の目的の達成にとって必須の構成要件とならなければならないわけではなく、これらは、本件発明の好ましい実施例に係る事項であるにすぎない。

(1)  本件発明が、二つの移動板が重ね合わせ構造であるため、第1の送りねじにかかる負荷が過大となりその送り軸系に悪影響を与えるという従来技術の欠点を除去することをその目的とするものであることは、前述のとおりである。重ね合わせ構造の有する上記欠点を除去するための最も簡明で効果的な方法が、重ね合わせ構造自体をやめること、すなわち第1及び第2の移動板を平面的に配設することであることは、何人にとっても明らかなことである。

しかし、重ね合わせ構造をやめて第1及び第2の移動板を平面的に配設することになれば、平面的に配設され独立した送り動作をする2個の移動板からいかにして複合した送り動作を得るかという、重ね合わせ構造の下では発生しない技術課題を解決しなければならないことも、明らかなことといわなければならない。

そこで本件発明においては、第2の移動板にその移動方向と直交する方向に直交案内路を形成したうえ(Dの構成)、この第2の移動板の直交案内路に沿って移動可能に第2の移動板上に載置された移動台と(Eの構成)、第1の移動板の移動を移動台に伝達するとともに移動台が第2の移動板の移動方向に移動可能に前記移動台と前記第1の移動板とを連結する連結手段と(Fの構成)を備えることにより、この技術課題を解決した。

(2)  本件発明は、このように、重ね合わせ構造を有する従来技術を前提に、従来技術の重ね合わせ構造の有する欠点を除去するというその目的を達成するため、重ね合わせ構造自体を排して第1及び第2の移動板を平面的に配設し、そのことから新たに生じる、平面的に配設され独立した送り動作をする2個の移動板からいかにして複合した送り動作を得るかという技術課題を解決するため、上記構成を採用し、これを、本件発明の必須の構成要件としたものであって、この構成が採用されている限り、その具体的態様が異なっても本件発明の上記目的を達成することができることは明らかである。

したがって、本件発明の目的を達成するための必須の構成は上記構成に尽きるのであり、本件発明が本件特許請求の範囲のAの構成に示されたボンデイング装置における移動台送り装置についての発明であることからすれば、その構成として、送りねじとナットを要件とすることは明らかであるが、原告主張の(a)~(d)の構造は、いずれも、本件発明の好ましい実施例としての意味は有するが、それによらなければ本件発明の上記目的を達成できないというものではないから、それ以上の意味を有するものとはなりえない。

したがって、これと同旨の審決の認定判断(審決書7頁1~10行)は正当であり、何の問題もない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(発明の詳細な説明の記載の誤認)について

(1)  本件特許請求の範囲に記載された本件発明の構成を分説すれば、原告主張のA~Gとなることについては、当事者間に争いがない。

甲第2号証の1(本件公告公報)によれば、本件発明の発明の詳細な説明の欄中に、同発明の目的につき、従来技術との対比の形で、

「従来のワイヤボンデイング装置における移動台の送り軸、即ち送り装置は、第1の送りねじによつて送られる移動板と、この移動板に重ね合せられ第1の送りねじに直交する第2の送らねじによつて移動させられる移動板とよりなる重ね合せ構造であるため、第1の送りねじにかかる負荷が過大となり、送り軸系に悪影響を与えるという欠点があつた。

本発明は上記従来技術の欠点に鑑みなされたもので、それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず、各送り軸系が最適条件下で動作することが可能なボンデイング装置の移動台送り装置を提供することを目的とする。」(本件公告公報2欄21~33行)

と記載されていることが認められる。

(2)  このことを前提に、本件特許請求の範囲の記載をみれば、重ね合わせ構造の有する従来技術の上記欠点を除去するための方法として、本件発明は、Aの構成を持つボンディング装置における移動台送り装置において、移動板の重ね合わせ構造自体をやめて、上記Bの構成、すなわち、第1及び第2の移動板を平面的に配設する構成を採用したものであること、このように、第1及び第2の移動板を平面的に配設することとすれば、互いに直交する送り方向を持つ平面的に配設された2個の移動板の移動をどのように複合して、一つの作業平面内における任意の座標位置に移動台を移動させることができるかという、重ね合わせ構造の下ではその性質上発生しない技術課題を解決しなければならず、このために、C~Fの構成を採用したものであることは、当業者にとって明らかであると認められる。

(3)  原告は、B及びCの構成につき、図面によれば、その位置関係が伺われるとしながら、本件発明の詳細な説明には、審決の挙げる部分(本件公告公報3欄2行~4欄37行)を含め、どこにもその位置関係に着目した説明は一切ないと主張し、これを理由に、審決の認定判断を論難する。

しかし、願書に必要な場合添付される図面は、発明の内容を理解しやすくするために明細書の補助として使用されるものであることは、これを願書の添付書面として「明細書及び必要な図面」と規定した特許法36条2項の規定の趣旨から明らかであり、特に機械的構造物の各部分の位置関係の説明等においては、文章によるよりも図示した方がより明確に理解を得ることができるものであることは当裁判所に顕著な事実である。したがって、明細書の発明の詳細な説明の記載と図面により、その特許請求の範囲に記載された発明の内容が理解されるのであれば、その発明の詳細な説明の記載が不備であるということはできない。

本件明細書(甲第2号証の1・2)においても、その発明の詳細な説明には、冒頭に本件発明の対象とするところを明示し、次に、従来技術とその欠点を述べ、本件発明がその欠点を除去した装置を提供するものであるとして、本件発明の目的を明らかにし、これに続いて、「以下、図面に示す一実施例に基づいて本発明を詳しく説明する。」(同号証の1、本件公告公報2欄34~35行)として、実施例に基づき、本件発明を詳細に説明し、最後に、「以上の様に本発明によれば、それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず各送り系を最適条件下で動作せしめることを可能とするボンデイング装置における移動台の送り装置を提供することができる。」(同6欄34~38行)と本件発明の効果を記載しており、図面として、本件発明の一実施例であるボンディング装置における移動台部分の平面図(第1図)、第1図のⅠ-Ⅰ線断面図(第2図)、第1図のⅡ-Ⅱ線断面図(第3図)、駒調整機構を示す部分平面図(第4図)を付しているのであり、これらによれば、B及びCの構成に示された位置関係を含め、その特許請求の範囲に記載された本件発明につき、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その目的、構成、効果が記載されていることは、明らかである。

原告は、本件発明の詳細な説明には、Bの構成及びCの構成それぞれの作用効果が記載されていないと主張するが、特許法36条4項でいう「効果」とは、当該明細書の特許請求の範囲に記載された発明の効果をいうのであって、その発明を構成する各要素それぞれの効果をいうものではないから、原告の主張は失当である。

原告の主張は、結局のところ、出願された発明が何であるかが、特許請求の範囲の記載を離れて、発明の詳細な説明の記載と図面のみで明らかとならなければ、その発明が開示されたことにならないとするものであり、これが採用できないものであることは、明らかである。

原告主張の審決取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(特許請求の範囲の必要事項の記載の欠如)について

本件発明の詳細な説明に原告主張の(a)~(d)の事項が原告主張のとおり記載されていることについては、当事者間に争いがない。

原告は、「それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず各送り系を最適条件下で動作せしめることを可能とするボンデイング装置における移動台の送り装置を提供することができる」(本件公告公報6欄34~38行)という本件発明の効果は、上記(a)~(d)の構成を具備することにより初めて得られるものであるのに、この本件発明の欠くことができない事項が本件特許請求の範囲には記載されていない、と主張する。

しかし、本件発明が、重ね合わせ構造を有する従来技術の欠点を除去するために、本件特許請求の範囲に記載された構成をもって、その目的を達成したものであることは前示のとおりであり、これにより、上記効果を奏することは、本件明細書の記載から十分に理解できる。

したがって、原告のいう(a)~(d)の事項は、本件発明を実施するうえで望ましい手段であるといえるが、それによらなければ本件発明の上記目的を達成できないというものではないことは明らかである。

原告主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第14731号

審決

東京都西多摩郡羽村町栄町3丁目1番地の5

請求人 海上電機 株式会社

東京都八王子市旭町11番8号 アクセスビル9階 八幡法律特許事務所

代理人弁理士 八幡義博

東京都武蔵村山市伊奈平2丁目51番地の1

被請求人 株式会社新川

東京都渋谷区代々木2丁目20番2号 美和プラザ新宿204号

代理人弁理士 田辺良徳

上記当事者間の特許第1372072号発明「ボンディング装置における移動台送り装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

本件特許第1372072号発明(以下、「本件発明」という)は、特願昭51-127791号(出願日昭和51年10月26日)出願の一部を分割して昭和56年12月30日に特許出願され、出願公告(特公昭59-52540号公報参照)後の昭和62年4月7日にその特許の設定の登録がなされたもので、本件発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、

「軸線が直交するように配設された2本の第1及び第2の送りねじと、この第1及び第2の送りねじをそれぞれ駆動する第1及び第2のモータと、前記第1及び第2の送りねじにそれぞれ螺合する第1及び第2のナットと、この第1及び第2のナットにより直線的に移動させられる第1及び第2の移動板とより構成されたボンディング装置における移動台送り装置において、前記第1及び第2の送りねじにより第1及び第2のナットを介して移動させられる前記第1及び第2の移動板は、平面的に配設され、前記第1及び第2の送りねじ及び第1及び第2のナットは、対応する前記第1及び第2の移動板の下方に配設され、かつ前記第2の移動板には該第2の移動板の移動方向と直交する方向に直交案内路が形成され、この第2の移動板の直交案内路に沿って移動可能に前記第2の移動板上に載置された移動台と、前記第1の移動板の移動を前記移動台に伝達すると共に、前記移動台が前記第2の移動板の移動方向に移動可能に前記移動台と前記第1の移動板とを連結する連結手段とを備えたボンデイング装置における移動台送り装置」にあるものと認める。

そして、本願発明は当該構成とすることにより、従来の送り装置は、「第1の送りねじによって送られる移動板と、この移動板に重ね合わせられ第1の送りねじに直交する第2の送りねじによって移動させられる移動板とよりなる重ね合わせ構造であるため、第1の送りねじにかかる負荷が過大となり、送り軸系に悪影響を与える欠点があった」ことに鑑み、「それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず、各送り軸系が最適条件下で動作することが可能なボンデイング装置の移動台送り装置を提供する」ことを目的としたものである。

これに対し、無効審判請求人は、本件特許請求の範囲は、次の1、2の理由により不備であり、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないものであるから、無効にされるべきであると主張している。

1. 次のa及びbが特許請求の範囲に記載されているが、発明の詳細な説明にこれらを基礎づける記載はなく、またこれらによる特徴的な作用効果の説明もない。

a. 「前記第1及び第2の送りねじにより第1及び第2のナットを介して移動させられる前記第1及び第2の移動板は、平面的に配設され」ること

b. 「前記第1及び第2の送りねじ及び第1及び第2のナットは、対応する前記第1及び第2の移動板の下方に配設され」ること

2. 次のa~dは、発明の構成に欠くことのできない事項であるが、特許請求の範囲に記載されていない。

a. 「スラスト玉軸受の採用」

b. 「円板と腕の採用」

c. 「駒とこれを挟持する2個の軸受の採用」

d. 「偏心スリーブを介して取付けられた軸受と固定軸受とで棒状レールを挟持した構造の連結手段の採用」

そこで、これらの理由について以下検討する。

前記1の理由について、

まずaの点については、第2、3図を参照しつつ、本願明細書第3頁第10行~第7頁第8行(公告公報第3欄第2行~第4欄第37行)の記載をみると、本願発明でいう、第1の送りねじは16、第2の送りねじは16’、第1のナットは18、第2のナットは18’、第1の移動板は52、第2の移動板は52’にそれぞれ対応する。そして、これらの相互の関係をみると、第1の送りねじ16及び第2の送りねじ16’により、第1のナット18及び第2のナット18’を介して移動させられる第1の移動板52及び第2の移動板52’は、平面的に配設されていることが明らかであり、これは、すなわちaの点が記載されていることに他ならない。

次にb点についても、同じく第2、3図を参照しつつ、発明の詳細な説明を見ると、第1の送りネジ16、第2の送りねじ16’及び第1のナット18、第2のナット18’は、対応する第1の移動板52、第2の移動板52’の下方にそれぞれ配設されていることは明らかであり、これは、すなわちbの点が記載されていることに他ならない。

また、これらa、bの点による作用効果の記載については、発明の詳細な説明においては、本願発明全体としての作用効果が記載されていれば足り、個々の構成要件ごとに特徴的な作用効果の記載を要するものではないから、前記a、bの点による特徴的な作用効果の記載がないことをもって、当該発明の詳細な説明の記載が不備であるとはいえない。

前記2の理由について

本願発明の前記の「それぞれの送りねじに過大な負荷を与えず、各送り軸系が最適条件下で動作することが可能なボンデイング装置の移動台送り装置を提供する」という目的は、前記特許請求の範囲に記載の構成により、達成することができ、前記a~dの事項はいずれも、実施例の構成の一部として、各送り軸系が円滑に動作するために好ましいものであるとしても、前記目的に関して、当該発明の構成に欠くことのできない事項とはいえない。

以上のとおり、本件無効審判請求人の主張する理由によっては、本件特許発明を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年6月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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